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歴史:創業秘話
Prologueそれは、野球チーム『正拳一撃』からすべては始まった・・・
1997京都大学・大阪大学・神戸大学の空手部と応援団の有志が集った野球チームが誕生。年に数回、大会に参加するそこそこの実力集団。
2004

関西一撃の監督である吉岡の上京に伴い、関東でも『正拳一撃』が誕生。戦略コンサルティングファーム・投資銀行のメンバーが集った。

同年、『一撃ガールズ』誕生。
男子の体育会系集団に新しい風が吹き。
毎週末、異業種交流会が開催される。

2005『一撃ガールズ』の「このチームはいつになったら試合をするの?」の発言に押され、草野球リーグに加盟を正式申請するが、ユニフォームに背番号が入っていないことを理由に却下される。
ネットで対戦相手を探し実践するものの毎回コールド負け。加齢のためか、けが人も続出。チームの暗黒時代を過ごす。
2006

Yoko-Chin Band誕生。
勝ち負けのない世界への脱皮をめざし野球チームを解散し、ビッグバンドに模様替え。折しも、時代はスウィングガールズブーム。体育会系男子の音楽への挑戦が始まる。

『Yoko-Chin Bandの名の由来』
Yoko-Chinとは、このサークルの伝説の中心人物『横手君』のあだ名です。
京都大学工学部物理学科で天才・奇才を謳われた横手さんは、大学1年時代、『信長の野望』をやりすぎて退学となりました。それでも、ひょうひょうと生きる彼は皆から愛されていました。そんな彼が2005年以降失踪し、連絡がつかなくなりました。
バンドを立ち上げたとき、このバンドが有名になれば、横手君が皆に連絡をつけたいときにいつでも連絡をできるようにしようということで命名しました。
私たちは、いまでもYoko-Chinを探しています。

同年、人が人を呼び200人のビッグバンドに成長。
国際フォーラムでライブデビューも実現。マスコミにも取り上げられ、「Yoko-Chin」現象がおきる。ゴスペル・ハンドベルなどにも広がっていき、東京・大阪・名古屋・ウランバートルに18バンドに成長。

2007路線闘争勃発。
増え続けるメンバー数が組織力の限界を超える。
創立時の『EVERYBODY WELCOME』の理念を守り、組織を整備してメンバーを受け入れ続けたい派閥と、メンバー受け入れを停止したい保守派の対立が起きる。
2008株式会社EYS-STYLE 設立。
何人になろうがいいじゃないか!
その想いを貫くために株式会社設立
2009代々木のぼろぼろのマンションに本社を設置。
スタジオNOAHを間借りしてEYS音楽教室がスタート。
6畳一間に8人の社員が肩を寄せ合って夢を追った。
2010会員数が1000人を突破。新宿に自社スタジオを建設。
2011リアルコミュニティーの可能性を感じ取った大和企業投資が出資。今に至る。
はじめに感動がある、感動が人を呼ぶ、そして金とモノが動き、『縁』が根を生やす

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